灰と幻想のグリムガル

感想とレビュー

●こちらの世界もあちらの世界も生きることは過酷なこと

なんだかよくわからないうちにこことは違う世界に転移し、ヒーローや救世主になって大活躍！　そんな荒唐無稽なお話はたくさんありますが、そんな都合のいいことが起こるわけない。
あまりにも嘘くさい世界観はここにはありません。今、この自分がいる世界で生き延びるのだって結構サバイバルなのですから、知らない世界にぽっと流れついて安穏と暮らしていけるわけがない。
このお話しにはご都合主義はありません。訳も分からず、過去の記憶さえ薄れてしまった若者たちは街の外に出て敵と戦い、殺すか殺されるかの戦いをして殺したものの持っていたものを奪って生計をたてている。敵を殺せなければ戦利品もなく食うものも服も武器も買えない。でも敵だって死にたくない。肉を切る感触、血の匂い、絶叫……目をそらすことも耳をふさぐこともできない。すれば返り討ちにあって自分が死ぬだけ。全く甘さのない過酷な生き残るための日々を、おそらくは今まで戦ったこともないだろう少年少女たちが強いられていく。そんな超リアルを探していた方、必見です。

●それでも確実に人は成長してゆくのです

殺伐とした戦い日々なのですが、もちろんそれだけではありません。寄せ集めの、会ったばかりの者たちで作ったパーティは駆け出しの見習い義勇兵でゴブリンを見つけられなかったり、倒すことが出来ず逃げ帰るばかり。しかし、人間は少しずつでも成長してゆくのです。特に若い人は。そんな彼らの小さな成長とわずかでちょっとした日常。少しだけ食べ物が増えたり、洗濯が出来たり、歯磨きしたり。
そして辛い出来事がいやおうなしに成長をうながしてゆく。そんな彼らに寄り添って、一緒に世界を生き抜いてゆく感覚を味わうことが出来るのです。

●人の死
大きなテーマとなっているのがタイトルにもなっている「灰」イコール「死」です。
パーティの最初のリーダー、要でもある神官のマナトは敵に襲撃を受け敗走する際に死んでしまう。命をむしり取られ、やりたいことも、希望も夢も何もかもすべてここで途切れてしまう。そして生き残った者たちはマナトの死から逃れられない。悲しみ、自責の念、マナトのいなくなった大きすぎる穴。もっともっと悲しんでいたいのに、生きるためには敵を殺さなくてはならなくて、そうするにはマナトの代わりを探さなくてはならなくて。やっと見つかった新しい神官メリイも過去に仲間の死を体験していて、大きなトラウマを背負っています。
しかも、この世界では死者はきちんと葬送しなければ不死の敵に呪われてゾンビのような存在になってしまいます。死は手を伸ばせば届くほど近くて、どこまでも救いのないのに乗り越えなくてはならない出来事なのです。